日本では命名について画数を重んじていますが、中国の正統なる流派では、「説文解字」によって命名もしくは姓名判断をします。一切の画数は申しません。
こういう話があります。
佐藤中村馬の糞と言われるほど、数が多いです。
昭和初期にある有名な命名の大家がある村へ行き、多くの佐藤性の方々が、改名して幸せになると聞き、その大家のもとへ集まってきました。
良い画数の名前など、そんなにないので、その大家が夜中に逃げ出しました。
これは日本の易者のほとんどが知っている笑い話なのです。
「説文解字」という学問があります。
むかし中国は日本の御世(年号)をこの学問で自国の影響を占っていたのです。
たとえば、「明治」なら「日本が月を見ている。水辺(さんずい)にある台の上で月を見ていると判断しました。
中国貴族のお月見は池のほとりに台を作って、その台の上で空の月と水面に写った月の両方を見て楽しみました。
日本も明治の御世では大発展すると判断しました。
事実、そのとおり世界の列強に仲間になったことは皆様ご承知でしょう。
「大正」は「大いに一をもって止まる」となるので大正時代は満14年の短さで発展もなく終わってしまったのです。
「昭和」は日本がはじめ刀、後、口。すなわち刀は戦争を意味し、口は平和を意味した。「和」は収穫した五穀を「口」でもって分けるを意味します。つまり「昭和」時代は半分戦争、半分平和だったでしょう。
「利」は「禾」・・・収穫したものに刀をつけると利益になり、「私」の「ム」はひとりじめをあらわします。
次に「平成」ですが、「平」は「六十」に分解されます。
そして、「成」は武器の意味。すなわち天皇陛下が六十を過ぎたら、日本が武器を持ったり、海外派兵の時代に突入する時代になることを意味しているのです。
だからすでに、ゴラン高原に警察官・自衛官を派兵し、イラクで派遣したりしてすでに派兵は始まっています。輸送部隊のみが非戦闘地域に派遣しているのが政府の見解ですが、第2次世界大戦のように、大戦になればまず輸送経路を絶つために互いに輸送部隊を叩くことが戦略の常識ですよね。
憲法改正もおおいに議論されているではないですか。
7月29日の選挙で「絆創膏のおじさん」のために参議院選挙で惨敗、安部政権は弱体し、改正論議は目だってませんが、平成の御世が続く限り、憲法改正論はありつづけるでしょう。
まことにもって、この字情は馬鹿にできません。
意味のない画数にとらわれた、低俗な占いなどは良心があって、多少の常識があれば嘘八百だと見抜けることができるでしょう。